栖軽
 雄略天皇二十三年、天皇が大安殿にいらっしゃる時、にわかに風雨と雷が激しくなってきたので、随身である小子部栖軽に詔を下した。「急いで雷神を生捕って来い」という勅命を受けた栖軽は、すぐに馬を走らせて阿部山の方に追って行き、雷が鳴りわたる空を睨んで、「この空は、我が朝廷の空である。勅命を知らないのか」と大声で罵ってみたが雷鳴は止まなかった。そこで栖軽は壺阪寺の方に向かって、「観音よ、王土をなぜ拗護なさらないのか」と言いながら、この『観音経』の妙文「雲雷鼓掣電 降雹大雨 念彼観音力 応時得消散」を念じた。すると、御寺の方より異光が放たれるのが見え、ちょうど激しい雷が豊浦と飯岡の間へ落ちたので、それを生け捕って、朝廷へ献じたところ、殿上人で誉めない者はいなかった。これにより、神取栖軽と号したのであった。
 

廣重美術館蔵

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