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秩父三十四所観音巡礼
 縁起によると、文暦元年(1234)に、閻魔大王・倶生神・花山法王・性空上人・春日開山医王上人・白河法王・長谷徳道上人・良忠僧都・通観法印・善光寺如来・妙見大菩薩・蔵王権現・熊野権現の十三権者が、秩父の魔を破って巡礼したのが始まりという。
 現存最古の資料は、法性寺蔵「長享二年(1488)秩父観音札所番付」であり、大棚観音が欠けた三十三所で、番付は定林寺から始まる。これは、現在の秩父市中心部にあたる、大宮郷の人々を対象としたものだったことを示している。十五世紀初め、大棚観音が加わることを主張して三十四所となり、その打開策として日本百観音巡礼を提唱し始めた。江戸時代に入って、札所番付を江戸向きにすることにより、我が国を代表する巡礼の一つになる。開創から江戸期までは修験者が中心だったが、その後は禅宗寺院が札所を支配し始めて、現在の形態になっていった。また、江戸時代中期ごろから、総開帳や江戸での出開帳が見られるようになり、現在も午歳総開帳がおこなわれている。



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