第三十四番日沢山水潜寺[水込]
埼玉県秩父郡皆野町下日野沢3522

宗派=曹洞宗
札所本尊=千手観音
開山=旅の僧
開創年代=天長元年(824)


 百観音結願の水潜寺へは、菊水寺から札立峠を越える巡礼路がある。二時間半の行程で、今でも歩く巡礼の姿を見ることができる。
 東国が大旱魃にみまわれた天長元年(824)のこと、この峠に一人の旅の僧が訪れ、「まず観音を信ぜよ。我ここに西国をかたどり阿弥陀を置き、坂東をかたどり薬師を置き、この観音と合わせて百番の霊場として我が笈摺をここに納む」と里人に告げた。そして、木札に「甘露法雨」と書いて立てると、雨が降り出したという。
 『長享二年秩父観音札所番付』においても、現在と同じく結願所であり、「卅三番 水込 千手観音」の次の行に、この札所に限って「日の沢」と地名が記されている。しかし、長享二年(1488)から当地にあったとすると、横瀬村の第三十二番牛伏から大宮郷を隔てて、かなり離れた日野沢まで行かなければならない。そのため、旧地は特定できないが、横瀬村のいずれかから日野沢に移転したものと推定されている。
 札所本尊の千手観音は、両脇に安置される阿弥陀如来、薬師如来とともに伝教大師の作とされるが、熊野三山の本地仏と同一のため、熊野修験者によって祀られたものと思われる。別当の水潜寺は大通院の末寺で、同院の二世敬翁性遒(1571年寂)が開山、阿佐美伊賀守慶延を開基としている。
 水潜寺の境内には、胎内くぐりの洞窟があり、はいつくばって通り抜けることができる。内部は清水が滴り落ちており、「みずくぐり」といわれている。結願した巡礼は、この洞窟を通ることによって、聖なる世界から俗なる日常の世界へと戻っていく。

朱鷺書房蔵

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