第三十一番鷲窟山観音院[鷲岩殿]
埼玉県秩父郡小鹿野町飯田観音山2211

宗派=曹洞宗
札所本尊=聖観音
開山=行基菩薩
開創年代=不詳


 秩父巡礼も終わりに近づくと、札所間の距離が長くなる。第三十番から第三十一番が最も長く、十八キロ離れており、徒歩で五時間の行程である。
 仁王門には、日本一といわれる、台座を含めて四メートルの巨大な石の仁王像が安置されている。明治元年(1868)長野の石工藤森吉弥が奉納した。仁王門から長い石段を登り詰めると、三方を岩壁に囲まれた境内に至る。
 行基菩薩が、自作の観音像を安置したのが始まりとされる。しかし、平将門の乱によって行方がわからなくなっていたものを、後に畠山重忠が鷲の巣のなかから見つけたといわれている。
 『新編武蔵風土記稿』によると、別当の観音院は、本山修験、越生郷山本坊の配下であり、中興開山は慶覚(寂年不詳)とされる。修験者によって草創されたと考えられ、明治五年(1872)の修験道禁止まで、改宗することなく守られてきた。
 近年に建立された観音堂の背後には、覆いかぶさるような大岩壁がある。これが『長享二年秩父観音札所番付』に鷲岩殿と記すところで、ここに第十六番札所の観音像が祀られたのだろう。
 観音堂左手の崖上からは、落差六十メートルの聖浄の滝が落ちている。修験道の時代、行者の水垢離の場である。また、胎内くぐりや奥の院の行場、そして岩壁には数多くの石仏が刻まれている。総数は十万八千体といわれており、弘法大師が刻んだという。
 境内は、創建当初の姿をそのまま伝えており、山岳修験の霊場の様相を呈している。

朱鷺書房蔵

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