第三十番瑞龍山法雲寺[深谷寺]
埼玉県秩父郡荒川村白久432

宗派=臨済宗建長寺派
札所本尊=如意輪観音
開山=道隠禅師
開創年代=元応元年(1319)


 刈り込みが美しい境内に、観音堂(本堂)が建っている。現在では山裾に境内を有するが、『新編武蔵風土記稿』には、奥院と称する岩穴が山中にあったという。この岩穴に観音像を祀ったと思われ、第十番札所とされた『長享二年秩父観音札所番付』では、深谷寺と呼ばれていた。
 深谷という地は、谷津川沿いに熊倉山への登山口にあたるが、その途中の七ツ滝には今も不動尊が祀られている。熊倉山は、秩父三山の一つ三峰山に連なっており、修験者によって深谷の岩穴に札所観音が奉祀されたと推定される。
 別当の法雲寺は十五世紀の創建とされ、釈迦如来を本尊としていた。江戸時代に入ると、金仙寺の末寺となり、深谷寺の管理権を獲得して観音堂を建立した。札所観音を境内に引き入れ、現在では札所本尊が法雲寺の本尊となっている。
 縁起によると、玄宗皇帝が楊貴妃の菩提を弔うため制作し、不空三蔵が開眼供養した如意輪観音を、宋僧の霊山道隠禅師が請来。元応元年(1319)に、当地に草庵を建てて、安置したという。縁起に由来する楊貴妃の鏡や、天狗の爪、龍の骨などの寺宝が、現在も伝わっている。
 これらの寺宝とともに、享禄四年(1531)から天文二十四年(1555)までの巡礼札が六枚、観音堂に展示されている。なかでも、天文五年(1536)に奥州葛西住赤荻伊豆守平清定が納めた札には、「西国坂東秩父百ケ所順礼只一人」と記されており、秩父が三十三所から三十四所になった年代を知る上で貴重な資料である。

朱鷺書房蔵

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