第二十三番松風山音楽寺[小鹿坂]
埼玉県秩父市寺尾3773

宗派=臨済宗南禅寺派
札所本尊=聖観音
開山=慈覚大師
開創年代=天長年間(824〜834)


 現在の観音堂は、音楽寺本堂から一段高い地にあるが、さらに峠を登ったところに観音堂の旧跡とされる平地があり、今は小堂のみが建っている。『秩父回覧記』に、「往昔御堂此ノ山ノ頂上ニアリ」と記されているところから、長享二年(1488)当時、第十四番札所とされた観音は、この場所に祀られたのだろう。
 別当の音楽寺は、田村郷円福寺の二世南岩天揚(1529年寂)が、峠を少し東に下った大宮郷向きの地に開山した。やがて札所観音の管理権を入手して、『新編武蔵風土記稿』では、観音堂は「音楽寺持」とされた。
 縁起によると、天長年間(824〜834)慈覚大師が関東を巡錫した折、当地に霊異を感じて、堂宇を建立し、観音像を刻んで安置した。その時、多くの小男鹿が現れて、この地まで案内したので、小鹿坂と呼ばれるようになったという。
 観音堂の前の梵鐘は、明和五年(1768)の銘があり、六観音像が鋳出されている。明治十七年(1884)十一月一日、吉田町椋神社に集まった三千人の農民が武装蜂起し、翌二日には小鹿坂峠を越えて音楽寺境内に集結、この鐘を打ち鳴らして大宮郷に乱入した。困民党事件であり、境内には決起百年を記念して、昭和五十三年(1978)に「秩父困民党無名戦士の墓」が建てられた。
 観音堂の境内から、さらに峠を登った頂上には、十三体の地蔵石仏が横一列に並んでいる。十三塚と呼ばれており、秩父巡礼開創十三権者の姿とされる。ここから正面には、秩父市街を隔てて、武甲山の勇姿を望むことができる。
 

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