第十八番白道山神門寺
埼玉県秩父市下宮地町5−15

宗派=曹洞宗
札所本尊=聖観音
開山=不詳
開創年代=不詳


 交通量が多い国道に面して、それほど広くない境内に、向拝の彫刻が素晴らしい観音堂が建っている。本尊の聖観音は、両手で蓮華を持つ立像で、室町時代の作。寺伝では、安阿弥の作とされている。
 縁起によると、かつてこの地には神社があり、大きな榊の枝が左右から結び合って楼門のようだったため、神門と呼ばれたという。さらに、神社が廃れた後、復興しようとしたところ、精舎にせよとの神託があったので、観音を祀ったとされている。
 『秩父回覧記』では、「神門」ではなく神戸の文字を当てているが、神戸は「かんべ」と読まれ、神社に諸税を収める神領所属民およびその集落を意味する語である。現在の境内から東北にある台地は、九世紀末から十世紀初のころ、後に秩父神社の主祭神となる妙見大菩薩が、最初に祀られたところとされる。その台地から程近い神門観音の境内地あたりは、古いころから妙見宮の神領地とされたと考えられ、神門は神戸の転と推定することができる。
 創建当初から現在地にあったものと思われ、長享二年(1488)当時は、第二十二番札所だった。別当については、『秩父回覧記』には、「別当神力院、大宮ノ町ハズレニ居ル山伏也」と記し、『新編武蔵風土記稿』では、「別当神門寺、青苔山不動寺長生院と号す、神門寺と称するは、寺号と云にはあらねど、神門にありし寺ゆへに、爾が唱来れり、本山修験、同郷の内今宮坊配下なり」という。別当の交替はあったようだが、明治五年(1872)の修験道禁止まで、禅宗寺院の支配を受けることなく、修験者によって護持されてきた。
 

朱鷺書房蔵

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