第十七番実正山定林寺[林寺]
埼玉県秩父市桜木町21−3

宗派=曹洞宗
札所本尊=十一面観音
開基=壬生良門
開創年代=不詳


 『長享二年秩父観音札所番付』には、一番定林寺と記されており、秩父巡礼成立当初は打ち始めの札所だった。また、札所本尊は正観音となっているので、いずれかの時代に現在の十一面観音に変更されたことになる。
 壬生良門の家臣林太郎定元は、主の非道を諌めたが、家財を没収されて、この地で没した。後に前非を悔いた良門が、定元の菩提を弔うために建立したと伝えられる。
 定林寺は本来、林家個人の持寺として建立されたようで、林家は妙見社の触役を勤める家柄だった。秩父の鎮守である妙見社にゆかりの深い定林寺と蔵福寺を、第一番・第二番の札所とすることによって、秩父巡礼が神の承認を受けたものであることを、印象づけようとしたものとも思われる。
 『秩父回覧記』には「別当入野出雲寺ト云フ山伏也」とあり、『新編武蔵風土記稿』では「別当定林寺、園田筑前触下諏訪社丹生兵部持」と記されている。所有管理者が、林家から山伏、さらに丹生氏へと移っていったが、あくまで個人持ちの観音堂であることに変わりなかったようである。
 建立当初は宮地と呼ばれるところにあったが、十七世紀末のころに現在の桜木に移されている。本堂のほかに諏訪社と鐘楼があるだけで、第一番札所だった面影は残っておらず、市街地から外れているものの、民家のなかにうずもれている。
 鐘楼の梵鐘には、日本百観音の札所本尊が浮き彫りにされ、それぞれの札所の詠歌が刻まれている。当初の梵鐘は江戸時代初期の火災で焼失し、宝暦八年(1758)に鋳造されたものである。
 

朱鷺書房蔵

(C) 2001 International Research Center for Japanese Studies, Kyoto, Japan. All rights reserved