第十六番無量山西光寺
埼玉県秩父市中村町4−8−21

宗派=真言宗豊山派
札所本尊=千手観音
開山=不詳
開創年代=不詳


 古梅の並木が続く参道の先に、簡素な山門がある。町のなかの寺だが緑が多く、境内も整備が行き届いている。
 宝永七年(1710)建立の本堂の欄間には、釈迦涅槃像の彫刻がある。かなり大きなもので、三間に分かれている。中央は、入滅姿の釈迦を中心にして天女や動物たちを、左右の二面には、それぞれ五人ずつ、いわゆる釈迦十大弟子が師の入滅を悲しんでいる様子を刻んでいる。
 本堂の右脇には回廊堂と呼ばれる、コの字型の変わった建物がある。なかには四国遍路の札所本尊が祀られており、出口は山門の横にあって、まさに回廊である。天明三年(1783)の浅間山大噴火の際、世情不安を鎮めるため、十年の歳月を費やして建立されたという。
 また、境内の右手に、宝形造で三間四面の古い堂宇があり、室町時代の建築と推定されている。現在の本堂が建立されるまでの観音堂だったと考えられており、秩父巡礼が成立した当初の札所の姿を伝えるものとして貴重である。本堂建立後は札堂とされ、巡礼が納札を打ち付けるところとなった。柱には多くの釘跡を認めることができ、西光寺には数百枚の納札が保存されていて、往時の盛況をしのぶことができる。
 江戸時代の資料には、行基菩薩の作とされる本尊は、古くは他の郡にあったが、観音の霊告によって当地に移されたと記されているのみで、詳細な由来は判然としない。しかし、『長享二年秩父観音札所番付』に十三番西光寺とあり、すでに寺としての機能があったものと思われる。

朱鷺書房蔵

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