第十五番母巣山蔵福寺(廃寺)
第十五番母巣山少林寺
埼玉県秩父市番場町7−9

宗派=臨済宗建長寺派
札所本尊=十一面観音
開基=近江国堅田の商人
開創年代=不詳


 延喜式内の古社である秩父神社は、中世以降、妙見大菩薩を主祭神として、秩父の鎮守となった。秩父巡礼の開創者とされる十三権者にも含まれており、その神宮寺的存在である蔵福寺が、『長享二年秩父観音札所番付』において、打ち始めてすぐの第二番札所としているのには、鎮守社参拝を巡礼に取り入れようとする意図が感じられる。
 縁起によると、近江国堅田の商人が、疫病神防除のため、定朝作の十一面観音像を背負ってきた。すると、当地で重くなったので、堂宇を建立して安置したという。
 別当の蔵福寺は、同じ大宮郷の広見寺の二世東雄朔方(1493年寂)が開山。長享二年(1488)当時から蔵福寺が札所となっており、早い時期から観音堂を支配していたと考えられる。
 「大宮郷古地図」によると、柞(ははそ)の森といわれた妙見社の社地内、鳥居前右の方にあり、手前に本堂、石段の上に観音堂があった。本堂には、本尊の阿弥陀如来のほか、真向弥陀、来迎弥陀、西方弥陀各一幅を寺宝としており、浄土信仰の色彩が濃い。あるいは、曹洞宗以前に、浄土系寺院があったとも考えられる。
 蔵福寺は、明治の神仏分離によって廃寺となり、復興されることはなかった。札所本尊の十一面観音像は、小鹿野町の十輪寺に譲渡され、現存している。
 なお、現在の第十五番少林寺は、蔵福寺廃寺の後、欠番を補充するため、新たに札所とされた寺院である。明治の末に建立された本堂は、総体を漆喰で込め、洋風が加味された建築である。
 

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