第十四番長岳山今宮坊[今宮]
埼玉県秩父市中町25−12

宗派=臨済宗
札所本尊=聖観音
開山=弘法大師
開創年代=不詳


 飾り気のない本堂が、町のなかに溶け込んだように、ひっそりとたたずんでいる。その風景からは、かつての栄華を想像することは困難である。
 永観二年(984)示寂とされる長岳を開山とし、江戸時代には聖護院直末の本山派修験で、秩父内だけでも十か所の配下を持つ修験道の拠点だった。観音堂は八大権現社(今宮神社)の社地内に祀られ、今宮坊が双方の別当を兼任していた。しかし、明治の神仏分離および修験道禁止によって分断され、現在では神社と観音堂の間に多くの民家が建っている。
 縁起によると、弘法大師が当地に巡錫した時、役行者の随身という童子が現れ、かたわらの榧の木をもって観音像とするよう告げた。大師は、一刀三礼して聖観音を刻み、堂宇を建立したといわれる。
 第三番札所となっていた『長享二年秩父観音札所番付』では、札所本尊は十一面と記されている。縁起から推測して、当初は真言系修験だったと考えられ、文明十八年(1486)聖護院門跡道興准后の関東巡歴に影響されて本山派に転じたもので、これに関連して本尊も変更されたと思われる。
 札所本尊の聖観音について、江戸時代の資料には、長七寸一分の雲中出現の像とある。現行像は、一尺九寸の半跏像で、江戸時代初期の作とされる。また、観音堂には、藤原時代の作となる蓮茎を持つ飛天像が伝わっており、これが聖観音として祀られた札所本尊であり、その姿から雲中出現と称した可能性がある。像高も一尺で、江戸時代の記録と大きな隔たりがない。
 

朱鷺書房蔵

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