第十三番旗下山慈眼寺[はけの下]
埼玉県秩父市東町26−7

宗派=曹洞宗
札所本尊=聖観音
開山=不詳
開創年代=不詳


 市街地の中心部にあり、多くの参拝者で賑わっている。明治十一年(1878)の秩父大火で焼失したため、本堂および本尊とも、それ以降のものである。土蔵造りの経蔵のみが江戸時代の建築で、黄檗版一切経を伝える。また、蔵のなかには、秩父巡礼開創者とされる十三権者像が祀られている。近年の彩色が施されているが、現在では唯一札所に残るものとして、貴重な存在である。
 経蔵の左には薬師堂があり、阿眼薬師、飴薬師、雨薬師などと呼ばれている。阿吽の阿は開くという意味があり、眼を開くというところから眼病平癒に霊験があるとされ、縁日には「め」と書いた絵馬を奉納する。特に七月八日の縁日は盛大で、ぶっかき飴を売る露店が境内に並ぶ。また、薬師の縁日前後には、かならず雨が降るという。
 伝説では、日本武尊が東国征伐の折、この地に旗を立てたところから「旗の下」と呼ばれるようになり、後に転じて「はけの下」になったとされる。
 しかし、近年の研究では、この地は段丘地の落ち込んだ低地に位置しており、崖の下からはけの下となって、さらに日本武尊の伝説が生じて、旗の下になったと考えられている。『長享二年秩父観音札所番付』には壇之下と記されており、第四番札所だった。
 別当の慈眼寺は、高野某を開基として、文明十八年(1486)東雄朔方が、現在地にあった旧寺院を曹洞宗に改宗再興したものである。やがて近くにあったはけの下観音の管理権を手に入れ、寛文年間(1661〜73)に境内に引き込んだ。現在の慈眼寺墓地が、はけの下観音の旧地とされている。

朱鷺書房蔵

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