第十番萬松山大慈寺
埼玉県秩父郡横瀬町大字横瀬5151

宗派=曹洞宗
札所本尊=聖観音
開山=恵心僧都
開創年代=不詳


 長享二年(1488)当時は第二十七番札所で、すでに大慈寺と呼ばれていた。別当の大慈寺は、大宮郷の広見寺の二世東雄朔方が明応二年(1493)に再興したとされるが、禅宗寺院としての改宗再興を意味していると思われる。
 『秩父回覧記』によると、昔、当地の山に光を放つ不思議な杉の霊木があった。近くに住む朝日長者は、この霊木を伐採して、観音の尊像とすることを願っていたが、なかなか仏師が見つからなかった。そのころ東国を巡錫していた恵心僧都が当地を訪れ、長者に請われて観音像を彫刻。長者が堂宇を建立したとされる。
 現在地より右手山頂の近くが、観音堂の旧地といわれており、『新編武蔵風土記稿』に記す「奥院」に相当すると思われる。観音菩薩、阿弥陀如来、地蔵菩薩、不動明王などが安置されていたというが、現在は小さな祠のみが残る。札所本尊の現在地への移転の年代については不明である。
 寺の入口には、「補陀所第十番萬松山大慈寺」と台座に刻まれた、大きな石の延命地蔵がある。このあたりから仰ぎ見ると、急な石段の上に、どっしりとした仁王門を望むことができる。本堂のなかには、本尊の他に、正徳四年(1714)の地蔵菩薩や、安政六年(1859)の金銅製子育観音などが安置されている。また、境内には、梅から竹から生えた、珍しい木がある。
 第一番から始まった横瀬川流域の札所は、ここ大慈寺で終わりとなる。これからは、大宮郷(現在の秩父市中心部)の観音を巡礼していく。
 

朱鷺書房蔵

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