第八番清泰山西善寺
埼玉県秩父郡横瀬町大字横瀬598

宗派=臨済宗南禅寺派
札所本尊=十一面観音
開山=沙門高山
開創年代=不詳


 この観音は、武甲山の南の尾根続きにある持山に祀られたと推定されている。『秩父回覧記』によると、高山という回国沙門が持山に草庵を結んで修行していた。ある日、霊告を受けて山に登ると、十一面観音が石の上に立っており、高山の袖に移ったため、草庵に迎えて本尊としたという。
 『長享二年秩父観音札所番付』では、すでに別当の西善寺が第三十一番札所となっており、持山の観音がいつ西善寺に併合されたかは明らかではないが、長享二年(1488)以前であることは間違いない。禅宗寺院による札所支配の最も早い例である。西善寺の開創は正長二年(1429)、北条氏出身の竹邦昌岩の開山で、中興開基として関東管領上杉憲房の位牌が現存する。ただし、文化七年(1810)に火災にあい、古記は失われたという。
 本堂と山門の間には、コミネモミジの古木があって、県の天然記念物に指定されている。樹齢約六百年、幹回り二・九メートル、高さ九メートルあり、西善寺のシンボル的存在である。
 昔、西善寺が荒廃していたころ、どこからともなく一人の僧が現れ、この寺の詠歌を知っているかと村人に尋ねた。村の老人は、若いころの念仏唄を思い出しながら、節をつけて唄った。他の詠歌に増して素晴らしい歌だと、その僧は歓喜し、以来、寺運が向上していったという。
 西善寺には、札所本尊とともに恵心僧都の作とされる阿弥陀三尊の古像が伝わっている。これが、元の本尊といわれており、かつては浄土系寺院だったとも思われる。
 

朱鷺書房蔵

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