画面を構成するのは、二人の女性である。右手で襟元を合わせ左手で舟の舳先の方角を指す若い女性と、編笠(あみがさ)を被り両手で櫂(かい)を持つ女性の二者である。
 画面右方、振袖姿の女性は、霊験譚の表題に掲げられる豊嶋権守の娘である。里帰りの途中に、悪魚に惑わされて犀ヶ淵に飛び込んだのを助けられたという記述があるが、彼女の襟元が乱れ、後れ毛(おくれげ)が見られることから、当該画面は彼女が難を免れた後の場面を描いたものであると思われる。
 霊験譚の記述によれば、豊嶋権守の娘は既婚者であるが、当該画面ではまだ肩みあげをする少女の姿で現されている。彼女の着物の色柄および髪飾りは、秩父第七番に見られる花薗左衛門督長臣の娘のものと類似している。
 そして画面左の女性が、豊嶋権守の娘を助けた美女であり、霊験譚の記述によれば石船山の観音の化身である。この女性は編笠を被った姿で描かれているが、娘を助けた時点では笠に関する記載はない。笠が言及されるのは、当寺の本尊が娘のものである笠を戴いていたという箇所で初めて見ることが出来る。このことから、女性が被った笠は、彼女が観音の化身であることを示唆するために描かれたものであると考えられる。
 当該画面は、助け上げられた豊嶋権守の娘が、観音の化身である女性に舟に乗せられ、送り届けられる場面を絵画化したものである。
廣重美術館蔵

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