当該画面は、霊験譚中の特定の場面を絵画化したものではなく、話の内容を象徴的に描いたものであると考えられる。
 画面に登場するのは、僧形の男性と一匹の蝶である。
 囲炉裏(いろり)端、座布団の上に坐す男性は、霊験譚の表題に掲げられる行脚僧の宝明である。彼が左手を付き、画面左上端を仰ぎ見る先には、蝶が描かれている。飛ぶ鳥を見て、足を悪くした我が身を哀しむという一文が霊験譚には記されているが、その中には蝶に関する記載は見られない。
 画面右端の囲炉裏には薪がくべられ、鍋が火に掛けられていることから、当該画面が宝明の生活の場を舞台として描いているものだと推測される。しかし、硯や筆、眼鏡等を載せた文机が傍に置かれ、文机の右脇に置かれた花瓶には蓮が活けられていることからは、ここが堂内であることをも示唆していると考えられる。
 当該画面は、観音の霊験が現れた場面を描くものではなく、後日弘法大師に出会い、観音像を授けられる前段階、すなわち導入部を絵画化したものである。
廣重美術館蔵

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