当該画面を構成するのは二者。幾本もの笄(こうがい)を挿した女性と、前髪唐子(まえがみからこ)の小児である。
 画面右の女性は、左膝を立てて、右手に房楊枝(ふさようじ)を持ち、左手で懐中鏡(かいちゅうかがみ)を持って鏡面を覗き込んでいる。彼女が、霊験譚の表題に掲げられる恋ヶ窪の遊女である。霊験譚の記述によれば、彼女が口中の病に悩んでいた際、僧への施しの報いとして与えられた楊枝を観音を念じながら使ったところ、忽ち病が癒えたとある。
 遊女が手にする房楊枝の片側には、紅がのっている。これは、当時用いられていた紅入り歯磨き粉を使用しているものと考えられる。また、遊女の膝前に置かれた角盥(つのだらい)の上に載せられた箱は、楊枝を収納するための楊枝箱である。
 また画面左、水を張った鉢を盆に載せて差し出す小児は、霊験譚中に記されてはいないが、その容姿から禿(かむろ)であると考えられる。髪型だけではなく、彼女の袖口に付けられた紐、すなわち総角飾り(あげまきかざり)は童子の特徴を示すという点で、彼女の幼さを表現している。
 当該画面は、遊女が僧の言いつけ通りに楊枝を使っている場面を絵画化したものである。
 
廣重美術館蔵

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