当該画面は他とは異なり、扁額中に霊験譚が、下部の画面中に詠歌と奉額が記されている。これと類似した構成をとるのは、秩父第二十六番である。『百番観音霊験記』の画面は豊国・国貞によって描かれているが、この秩父第二十番及び第二十六番の画面は、扁額部を描く広重の手になるものである。
 画面の大部分を占めるのは、大きな岩山である。岩は扁額部分よりも手前にも描かれ、また扁額中に観音堂が表現されている。
 この画面の登場人物は、舟に乗る二者である。棹をさす若い男性は、霊験譚の記述によれば観音の化身である。それは、彼の頭部に頭光(ずこう)が描かれていることからも推測することができる。観音が童子の姿をとって現れる例は、他に西国第三番、西国第二十一番、坂東第二十六番の画面に見られるが、それらの髪型・衣裳とともに類似している。
 画面右方、笠を持って荷を背に括り、左手で舳先の向かう先を指差す男性は、霊験譚の表題に掲げられる寺尾村の孝子である。彼の姿は整えられた旅装であり、川向こうへ行くような軽装ではない。
 画面奥から流れて来ている荒川を渡ろうとする息子を、観音の化身である童子が舟に乗せるという記述が霊験譚中に見られる。当該画面は、この場面を絵画化したものである。また橋が架かっていない時代は、当寺へ参拝するためには舟を使わなければならず、霊験譚の記述を絵画化するのと同時に、その当時の参拝風景をも描いたものだとも考えられる。
廣重美術館蔵

(C) 2001 International Research Center for Japanese Studies, Kyoto, Japan. All rights reserved