札立峠(ふだたてとうげ)
 天長元年(てんぢやうくわんねん)東国(とうこく)大旱魃(たいかんはつ)にて五穀(ごこく)ハ勿論(もちろん)人畜草木(にんちくさうもく)も助(たす)かるべき法(ほう)も手(て)を尽(つく)しけれども雨降(あめふら)ず然(しか)る処(ところ)当山(たうざん)にふしぎの僧(そう)一人来(きた)りて土民(どミん)に向(むか)ひて雨(あめ)を祈(いの)らバ甘露法雨(じゆかんろほうう)と書(かき)たる札(ふだ)を立(たて)観音(くわんおん)を信心(しん/\)せよとさとしけれバ教(をし)への如(ごと)くして祈(いの)りけるに三日目(め)に其丈(そのたけ)六尺余(よ)の法師(ほうし)蓑笠(ミのかさ)を着(き)て山(やま)の上(うへ)の岩(いわ)に笈(おひ)をおろし杖(つえ)をもて岩(いハ)を突(つけ)バ忽(たちま)ち水(ミづ)湧出(わきいで)て滝(たき)のごとく流(なが)るれバ里人等(さとびとら)喜(よろこ)びて是(これ)を呑(の)ミ彼法師(かの)(ほうし)を敬(うやま)ひけれバ吾(われ)六十余州(よしう)を巡(めぐ)りて此(この)地(れいち)に至(いた)る此(この)所(ところ)百番順礼(じゆんれい)の結願所(けちぐわんじよ)とすれバ今茲(いまこゝ)に西国(さいこく)をかたどりて阿弥陀(あミだ)をおき坂東(ばんどう)をかたどりて東方(とうはう)の薬師(やくし)をおき此(この)観音(くわんおん)をおきて則(すなハち)百番(ばん)となる吾(わが)笈摺(おひずり)を納(おさ)むるのち必(かならず)熊野権現(くまのごんげん)をはじめあまたの権現(ごんげん)来(きた)るがゆへ信心(しん/\)おこたる事(こと)なかれ今(いま)そ雨降(あめふる)といふより早(はや)く失(うせ)給ふ間(ま)もなく法雨(ほうう)忽(たちま)ち降(くだ)りて衆生(しゆじやう)の命(いのち)助(たす)かりけれバ弥(いよ/\)尊(たうと)びぬ札立峠(ふたたてとうげ)の名も茲(こゝ)に始(はじま)るといふ也

廣重美術館蔵

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