楠正成(くすのきまさしげ)
 当寺(たうじ)昔(むかし)は今(いま)の御堂(ミだう)より辰巳(たつミ)の方(かた)五丁ばかり隔(へだ)ちて八人峠(はちにんとうけ)といふ所(ところ)にありいつの頃(ころ)か八人の賊(ぬすびと)住(すミ)たるがゆへ名(な)とすといふ此(この)盗人(ぬすびと)終(つひ)に行基(きやうき)の化益(けやく)にあつかりて僧(そう)となるその後(ご)一人の僧(そう)来(きた)りて今(いま)の場(ば)へ御堂(ミだう)を移(うつ)して長寿(ちやうじゆ)の験(れいげん)をうく楠正成(くすのきまさしげ)は普(あまね)く観音(くわんおん)を信(しん)じけるなかにも当寺(たうじ)は菊水寺(きくすいじ)と号(かう)せば吾(わが)家(いへ)の紋(もん)に縁(えん)あるをもて殊(こと)に信(しん)じ常(つね)に遥拝(ようはい)して武運(ぶうん)を祈(いのり)しとぞさて赤坂(あかさか)の城(しろ)に篭(こも)りしは俄(にハか)のことなれバ兵粮(へうらう)つきて計策(はかりごと)にて城(しろ)を落(おち)るせつ正成(まさしげ)たゞ一人(ひとり)寄手(よせて)に紛(まぎ)れ落行(おちゆく)とき長崎(ながさき)四郎左エ門の馬屋(うまや)の前(まへ)を忍(しの)びて通(とふ)るを敵(てき)これを見付(ミつけ)て何者(なにもの)なれバ役所(やくしよ)の前(まへ)を案内(あんない)もなく通(とほ)ると咎(とが)めけれバ某(それがし)は大将(たいしやう)の御内(ミうち)の者(もの)といひて足(あし)ばやに行過(ゆきすぎ)けれバあやしき者(もの)なり取逃(とりにが)すなと追手(おつて)のもの矢(や)ごろ近(ちか)く射(い)つけたる矢正成(まさしげ)の臂(ひち)にあたれど痛(いた)みも知(し)らず其場(そのは)を辛(から)く免(まぬか)れしが後日(ごにち)肌身(はだミ)離(はな)さぬ観音経(くわんおんぎやう)をひらきて見(ミ)れバ一心称名(いつしんしやうめう)の二句(にく)のあひまに矢(や)の根(ね)立(たち)て居(ゐ)たるとハふしぎの験(れいげん)なり

廣重美術館蔵

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