唐鏡(からのかヾミ)
 当山(たうざん)いまだ開基(かいき)ならざる昔(むかし)尾州(びしう)熱田(あつた)の社人(しやにん)拝殿(はいでん)に通夜(つや)しけれバ異国(いこく)の美人(びじん)一面(いちめん)の鏡(かヾミ)を捧(さゝ)げていふやう汝(なんぢ)此(この)鏡(かヾミ)を武州(ぶしう)秩父郡(ちゝぶこふり)深谷(ふかだに)に奉納(おさめ)くれよ彼地(かのち)ハ如意輪(によいりん)の場(れいぢやう)なれバ後(こう)年必(かならず)その験(しるし)あり その時(とき)此(この)鏡(かヾミ)仏像(ぶつぞう)の後光(ごくわう)なるべしと告(つげ)て失(うせ)ぬ 社人(しやにん)夢中(むちう)に是(これ)を聞(きい)て驚(おどろ)き あたりを見(ミ)れバ一面(いちめん)の鏡(れいきやう)あるによつて是(これ)を持(もち)て深谷(ふかだに)へおもむき一人の翁(おきな)に渡(わた)して戻(もど)りぬ斯(かく)て元応(げんおう)元年(ぐわんねん)鎌倉(かまくら)建長寺(けんちやうじ)の道隠禅師(だういんぜんし)が唐朝(たうてう)玄宗皇帝(げんそうくわうてい)楊貴妃(やうきひ)が冥福(めうふく)のため自(ミづから)刻(きざミ)たる如意輪(にょいりん)の像(ぞう)を不空三蔵(ふくうさんぞう)に開(かい)眼させたるを爰(こゝ)に持(もち)来(きた)りて本尊(ほんぞん)となせしかバかの翁(おきな)昔(むかし)受取(うけとり)置(おき)し鏡(かヾミ)を出(いだ)してしか/\と告(つげ)れバ禅師(ぜんし)奇異(きい)の思(おも)ひをなして汝(なんぢ)ハ何者(なにもの)と問(とへ)バ吾(われ)ハ此(この)深谷(ふかだに)に千歳(せんざい)住(すむ)悪龍(あくりやう)なりしが救世尊(ぐせそん)を信(しん)じて善竜(ぜんりやう)となれバ今(いま)天生(てんじやう)の時(とき)至(いた)れりといふ下(した)より忽(たちま)ち風雨(ふうう)を起(おこ)して飛去(とびさる)とき庭前(ていぜん)にのこす竜骨(りやうこつ)今に宝物(ほうもつ)としてあり又昔(むかし)の武家(ぶけ)の順礼札(じゆんれいふだ)其外(そのほか)宝(れいほう)あまたあり

廣重美術館蔵

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