郡司報蛇身(ぐんじじやしんのむくひ)
 昔(むかし)此(この)村の者(もの)頓死(とんし)して閻王(ゑんわう)の前(まへ)に往(ゆき)けれバ一人の武士(ぶし)を引出(ひきいだ)して此者(このもの)を知(し)るやとありよく見れバ我(わが)領主(れうしゆ)の郡司(くんじ)といふものにて生得邪見(しやうとくじやけん)の者ゆへ殊(こと)に驚(おどろ)きて敬(うやま)ひけれバ冥官(めうくわん)のいふやう此(この)郡司(ぐんじ)娑婆(しやば)にて大悪(あく)を尽(つく)しなかんづく地蔵の像(ぞう)を毀(くぼち)てハ無間(むけん)に堕(だ)すべき者なりしが鹿(しか)を追(おふ)て橋立寺(きやうりうじ)にいたり矢尻(やじり)をもて一度(ひとたび)ともし灯明(たうめう)を掻(かき)たてたる功徳(くどく)によつて永劫(えうごう)その難(なん)を免(まぬか)るゝといえども今より蛇身(じやしん)の報(ほう)をうけて娑婆(しやば)にいづるなり是(これ)を知(し)らしめん為(ため)こゝに呼(よび)ぬ とく皈(かへ)れといふ声(こゑ)の下(した)に頓死(とんし)の者蘇生(よミがへ)りて里人(さとびと)等(ら)にしか/\と語(かた)る其頃(そのころ)より此(この)霧(きり)の海(うミ)といふに悪(あく)龍出て人馬を喰(くら)ふがゆへ村民(むらびと)此(この)堂(だう)に祈念(きねん)しけれバ御(ミ)堂のうちより白馬(はくば)出て彼(かの)龍(りやう)に呑(のま)れ終(つひ)に其(その)悪(あく)龍得脱(とくだつ)して蟠(わだかま)り石となりたる姿(すがた)今も洞(どう)中に顕然(けんぜん)たりこゝを以(も)て石(せき)龍山(ざん)といふ当山(たうざん)の奥(おく)の院(いん)ハ日本に一か二といふ窟(れいくつ)なり
 

廣重美術館蔵

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