恋ヶ窪(こひがくぼ)の遊女(ゆうぢよ)
 当山(たうざん)ハ越(こし)の泰澄毘盧遮那仏(たいしやうびるしやなぶつ)の勅(ちよく)によつて加賀(かが)の白山(しらやま)を此所(このところ)に勧請(くわんじやう)せり本尊(ほんぞん)ハ天照太神(あまてらすおんがミ)の御作(おんさく)といひ伝(つた)ふるを誹(そし)るものあれども毘盧遮那(びるしやな)ハ是(これ)日輪(にちりん)にましませバ拠(よりどころ)なきにもあらず往昔(むかし)恋(こひ)が窪(くぼ)の遊女(ゆうぢよ)口中(こうちう)の病(やまひ)になやみて種々(しゆ/\)の良薬(りやうやく)を用(もち)ひたれどもさらに験(しるし)なかりしに秩父(ちゝぶ)の僧(そう)とて日(ひゞ)々修行(しゆぎやう)に来(きた)りしによく是(これ)に手(て)の内(うち)を施(ほどこ)しけれバ一本(いつほん)の楊枝(やうじ)をあたへて白山(しらやま)の観音(くわんおん)を信(しん)じて此(この)楊枝(やうじ)を用(もち)ひなバ口中(こうちう)の煩(わづら)ひたちまち愈(いゆ)べしと教(をし)えしかバ歓(よろこ)びて客人(まろうど)の送(おく)りむかひにも忘(わす)るゝことなく信心(しん/\)してかの楊枝(やうし)をもつて口中(こうちう)をそゝぎしかバ忽(たちま)ち愈(いえ)たりしかるがゆへ今(いま)も当寺(たうじ)より夢想(むさう)の楊枝(やうじ)を出(いだ)せバ是(これ)を受(うけ)て利益(りやく)を蒙(かう)むるもの又(また)少(すく)なからず
 

廣重美術館蔵

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