湯尾峠(ゆのをとうげ)の奇談(きだん)
 近江国(あふミのくに)堅田(かただ)の商人(あきんど)越前国(ゑちぜんのくに)へ行(ゆき)て湯尾峠(ゆのをとうげ)を通(とほ)りけるに怪者(あやしきもの)十余人(よにん)たがひに物語(ものがた)りするを聞(きく)に今年(ことし)江州(ごうしう)の人種(ひとだね)を尽(つく)さんと思(おも)ひしに定朝(ぢやうてう)めが十一面(めん)の像(ぞう)を作(つく)りて防(ふせ)ぎしゆへそのことならず是(これ)より東国(とうごく)におもむかんといへバ一人(ひとり)が言(いふ)やう若(もし)又(また)その観音(くわんおん)を東国(とうごく)に移(うつ)さバいかゞすべしといへバその時(とき)ハ吾(わが)輩日本(につほん)にハ住(すま)ハれずあないま/\しき定朝(ぢやうてう)かなと私語(さゝやく)をかの商人(あきんど)聞(きゝ)これこそ疫神(えきじん)ならんと大(おほい)に恐(おそ)れて国(くに)へ皈(かへ)りていそぎ定朝(ぢやうてう)にかくと告(つげ)けれバ坂本(さかもと)の地(ち)にある尊像(そんぞう)を商人(あきんど)に授(さづ)けて是(これ)を東国(とうごく)に持(もち)行(ゆき)て諸人(しよにん)の疫難(えきなん)を救(すく)ふべしとあれバ急(いそ)ぎ東国(とうごく)に持(もち)下(くだ)りしに当所(たうしよ)仏意(ぶつい)に叶(かな)ひし験(れいげん)あるによつて此地(このち)に安置(あんち)せんことを願(ねが)へバ領主(れうしゆ)より俄(にハか)に堂舎(だうしや)建立(こんりう)ありて疫難もまぬかれ永(なが)く尊(たうと)き場(れいぢやう)とハなれり
 

廣重美術館蔵

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