摂州(せつしう)の儒士(じゆしや)
 当所(たうしよ)に摂州(せつしう)より来(きた)りし儒者(じゆしや)の住(すミ)けるが因果応報(いんぐわおうほう)をしらずたゞ仏道(ぶつだう)を詈(のゝし)り僧(そう)を賊(ぞく)のごとくに辱(はづか)しめけるに或時(あるとき)この本尊(ほんぞん)老僧(らうそう)となりて彼(かれ)が家(いへ)におもむき談話(だんわ)に及(およ)びけれバ儒士(じゆしや)大に悦(よろこ)んで仏法(ぶつほう)をさん/\に排(はい)し普門品(ふもんぼん)の偈(げ)に羅刹鬼国(らせつきこく)の文(ぶん)あるがそハ何(いづ)れにあるや是皆(これミな)偶言(くうげん)なれバ更(さら)に益(えき)なしと讒(ざん)しけれバ僧(そう)笑(わら)つて曰(いハく)吾(わが)仏教(ぶつきやう)の深理(しんり)汝等(なんぢら)ごとき腐儒(ふじゆ)のしるところにあらずと答(こた)へけれバ居丈高(ゐたけだか)になりて満面(まんめん)朱(しゆ)のごとくにして鍔元(つばもと)をくつろげ汝(なんぢ)無法(むほう)の入道(にふだう)サアらせつきこくは何(いづ)れにあるや疾(とく)見(ミ)せよ見(ミ)せずハ虚言(うそ)なりと既(すで)にうちかゝらんとするとき手先(てさき)を如意(によい)にてたゝき給ひそれ汝(なんぢ)が問(とふ)らせつきこくハ則(すなハち)汝(なんぢ)がその忿怒(ふんぬ)のさまをいふなりと笑(わら)つて失(うせ)ぬ儒士(じゆしや)たちまち此(この)一言(いちごん)にてさとり僧(そう)を拝(はい)せんとすれども見へずこれによつて此(この)堂(だう)の傍(かたハら)に家(いへ)を転(てん)じて仏道(ぶつだう)を信(しん)じけれバその後(のち)験(れいげん)を蒙(かうむ)りたりとなり
 

廣重美術館蔵

(C) 2001 International Research Center for Japanese Studies, Kyoto, Japan. All rights reserved