横瀬(よこせ)の兵衛(ひやうゑ)
 天正(てんせう)の頃(ころ)横瀬(よこせ)の里(さと)に兵衛といふ稚者(おさなきもの)あり家(いへ)貧(まづし)きなかに盲(もうもく)の母(はゝ)一人をもち養(やしな)ふべき業(わざ)もなくて此寺(このてら)の林(はやし)に来(き)て菓(このミ)を拾(ひろ)ひて糧(かて)とせしに一日(あるひ)兵衛が菓(このミ)を拾(ひろ)ひ居(ゐ)たる所(ところ)へ老僧(ろうそう)きたりて母(はゝ)の病(やま)ひを愈(いや)さんと思(おも)ハゞ此(この)妙文(めうもん)を唱(とな)へさせよ則(すなハ)ち無垢清浄光(むくしやう/\くわう)恵日破諸闇(ゑにちはしよあん)の二句(にく)を授(さづ)けけれバ兵衛ありがたく思(おも)ひてその文(もん)を母(はゝ)に教(をし)へてその日(ひ)この観音堂(くわんおんだう)に通夜(つや)をいたしけるに暁(あかつき)にいたりて内陣(ないぢん)より明々(めい/\)たる星(ほし)とび出(いで)て母(はゝ)の頂(いたゞき)を照(てら)すがいなや眼(まなこ)たちところにひらき母子(ぼし)とも驚(おとろ)きかつ喜(よろこ)びて本尊(ほんぞん)を厚(あつ)く拝(をが)ミツゝ皈(かへ)るがはやくこのこと諸人(しよにん)にしれ領主(れうしゆ)より兵衛が孝心(かうしん)を感(かん)じて田畠(でんはた)を賜(たま)ハりまた此(この)本尊(ほんぞん)の利益(りやく)を末世(まつせ)にしらしめんと其時(そのとき)より明星山(めうしやうさん)と名(な)づけられたるハ不思議(ふしぎ)の験(れいげん)なり
 

廣重美術館蔵

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