大棚禅師(たいほうぜんし)
 禅師(ぜんじ)ハ閑寂(かんじやく)の地(ち)を好(この)ミて近辺(ちかきほとり)の鬼丸(おにまる)といふ岩窟(いわや)に籠(こも)りて他念(たねん)なく読経(どくきやう)しけるにふしぎと一人の老婆(ろうば)日夜(にちや)詣(きた)りて洞中(どうちう)の観音(くわんおん)を拝(をが)み或(あるひ)ハ花(はな)をさゝげ菓(くだもの)を供(くう)じて禅師(ぜんじ)をも拝(はい)すること屡(しば/\)なれバ汝(なん)如(じ)何(いか)なるものと聞(きゝ)けれバ涙(なミだ)をながして我(われ)ハ此里(このさと)の農家(のうか)某(なにがし)の妻(つま)なりしが嫉妬慳貪(しつとけんとん)の悪念(あくねん)によつて夜行鬼(やぎやうき)となり出離(しゆつり)の期(ご)もしらざりしに師(し)が読(よミ)給ふ普門品(ふもんぼん)の声(こゑ)に結縁(けちえん)して此(この)ほと仏果(ぶつくわ)を得(え)たり是(これ)によつて斯(かく)ハ日夜(にちや)参詣(さんけい)せし何卒(なにとぞ)しか/\の地(ち)に一宇(いちう)を建(たて)給ハれ今(けふ)日の布施(ふせ)にこの竹(たけ)の杖(つえ)を置(おく)といひ捨(すて)て失(うせ)ぬ然(しかる)がゆへ禅師(ぜんじ)今(いま)の地(ち)に観音堂(くわんおんだう)をたつるその杖(つえ)今(いま)に宝蔵(ほうざう)にあり禅師(ぜんじ)の名(な)を仰(あを)ぎて地名(ちめい)を大棚(おほたな)といふもふしぎの因縁(いんえん)なり
 

廣重美術館蔵

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