唐の鏡
 当山がまだ開基していなかった昔、尾張国熱田の社人が拝殿で一夜を明かしていた。すると異国の美人が一面の鏡を捧げて、「あなたはこの鏡を武蔵国秩父郡深谷に奉納しなさい。この地は、如意輪観音の霊場であるので、後年必ずその霊験があります。その時この鏡と仏像に後光がさすでしょう」と告げて去った。社人は夢の中でこれを聞いて驚き、あたりを見ると、一面の霊鏡があったので、これを持って深谷へ赴き、一人の翁に渡して戻ってきた。
 かくて元応元年(1319)、鎌倉建長寺の道隠禅師が、唐代の玄宗皇帝自身によって楊貴妃の冥福のために刻まれた如意輪の像を不空三蔵に開眼させたものを、ここへ持ってきて本尊とした。そこで、かの翁は昔受け取った鏡を出してしかじかのことを話した。禅師は不思議な思いがして、「あなたは何者ですか」と聞いたところ、「私はこの深谷に千年住んでいる悪龍だったが、観音を信じて善龍となり、今、天に生まれかわる時がきた」と言うと、すぐにたちまち風雨を起こして飛び去った。その時に庭の前に残した龍骨が今も宝物となっている。また、昔の武家の順礼札など、そのほか霊宝もたくさんある。

廣重美術館蔵

(C) 2001 International Research Center for Japanese Studies, Kyoto, Japan. All rights reserved