畠山基国の家来 内山源蔵
 当山は慈覚大師がこの地に堂舎を建立された時に、多くの小男鹿が来て道の案内をしたので小鹿坂という。誠に絶景の地で霊験もまた数ある中、畠山基国の家来である内山源蔵の話がある。内山源蔵は観音をよく信じる者で、ある時大内介義弘の討伐を基国が命ぜられ、源蔵も出陣の役にあたることとなった。武門の面目とはいいながら、七十に近い年老いた母と離れることを深く嘆くと、母はこれをいさめて言った。「この守り仏は秩父の音楽寺の御影です。これを懐に収めて、私を偲ぶ時は南無大慈大悲と唱えなさい。必ず勝利を得られましょう」と渡したので、源蔵は喜び兜の内に収め出陣したところ、このお守りのおかげで危うく矢先や剣先をのがれた。そして、ついに義弘の軍は敗れ、基国は勝利を得て凱陣をした。そして源蔵は功を成し名を遂げ、身を退き、母共々に出家をして、観音を供養し、なおも霊験を頂いたということである。

廣重美術館蔵

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