八幡宮の神鏑
 当所はもと八幡宮の社地であり、行基菩薩が来られた時、八幡宮は勅して観音の像を神木で作らせた。それにより、この辺りの邪神悪魔達は、この地が仏地となったので「我々が住む所がない」と大いに怒り、それぞれが武器を携えて、虚空を轟かし火を降らして暴れまわった。すると八幡宮が武甲山に赴かれて、荒ぶる神々を促し、邪神たちを追いこんだ。そして八幡宮の放つ矢一々が魔族を貫くとそれらはこの地に落ちた。こうした事から、この寺を矢の堂と名付け、今も霊験があらたかなることが多々ある。

廣重美術館蔵

(C) 2001 International Research Center for Japanese Studies, Kyoto, Japan. All rights reserved