壬生良門の臣 林太郎定元
 東国で並ぶ者のない勇士である壬生良門の忠臣定元は、主人の剛悪をいさめて家財を没収された。当所に知人がいるので、はるばるここへ来たのだが、その知人は既に亡くなっていると聞いた。困り果てやむを得ず、その辺りの家にたどり着き、疲れを癒していたが、妻は長旅の疲れと行く末を案じて遂に亡くなってしまった。定元は悲しみに耐えきれず、三日の後、妻に同じく草葉の露と消えてしまった。あとには三つの子が残された。空照という沙門がそれを深く哀れみ、養い育て良い武士に仕えさせようと観音に祈ると、不思議なことにある日、良門が狩りに出た際に出会い、空照は「この子はかくかく然々の者の子です」と言うと、良門は深く嘆き、「私は忠臣である定元を失ったことを後で悔やんだ。今からこの子を林源太良元と名付けて、旧領を授け、父の功績を賞しなさい」と命じた。そして二人を館に連れてゆき、篤くもてなし、自ら『法華経』を書写して定元夫婦の菩提のため、その塚の傍らに一堂を建立した。定元の姓名にちなみ、定林寺とし、その後観音を安置して順礼の霊地となった。

廣重美術館蔵

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