横瀬の兵衛
 天正(1573〜92)の頃、横瀬の里に兵衛という子供がいた。家は貧しく盲目の母がいたが、養う術もなくこの寺の林に来て木の実を拾い糧としていた。ある日、兵衛が木の実を拾い居たところ、老僧が来て「母の病を癒そうと思うならば、この偈文を唱えさせなさい」と、「無垢清浄光 恵日破諸闇」の二句を授けたので、兵衛は有り難く思い、その文を母に教え、その日のうちにこの観音堂に参籠して終夜祈願をした。すると、明け方になって内陣より明るい星が飛び出し、母の頭頂を照らすやいなや眼がたちどころに開いた。母子はともに驚きかつ喜んで、本尊を篤く拝みながら帰ると、すぐにこのことが人々に知れた。領主は兵衛の孝行心に感じ入り、兵衛は田畑を賜った。またこの本尊の利益を後の世にしらしめようと、その時より明星山と名付けられたのは、不思議な霊験である。

廣重美術館蔵

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