第三十二番音羽山清水寺(清水観音)
千葉県夷隅郡岬町鴨根1270

宗派=天台宗
札所本尊=千手観音
開山=慈覚大師
開創年代=大同二年(807)


 上総清水寺は、西国第十六番京都清水寺、西国第二十五番播磨清水寺とともに、日本三清水寺の一つとされている。
 伝教大師が東国教化の旅に出ようとしていた延暦年間(782〜806)のこと、霊夢に行叡居士が立った。京都清水寺の地を延鎮上人に譲った後、観音応現の霊地を求めて上総国に下ったことを告げて、居士は雲に乗り、東へと去った。
 やがて旅に出た大師は、諸国を巡って上総国に至った時、広野で夜となった。そこに一人の樵が現れ、家に招いて歓待した。朝になると樵の家はなく、熊野権現の社のみがある。また、周辺の風景が京の音羽山に似ているところから、行叡居士が霊夢で語った霊地に違いないと思い、堂舎を建立すべく、庵を結んでいた。しかし、勅命によって帰洛し、志を遂げることはできなかった。
 大同二年(807)になって、慈覚大師が師の跡を慕って庵に住み、千手観音を刻んだ。さらに坂上田村麻呂が、東征の途中で堂宇を建立したといわれる。なお、夏でも涸れることのない、本堂前の千尋の池が、寺号の由来である。
 自然林のなかの参道を行き、境内に着くと仁王門、さらに四天門がある。四天門は入母屋造の楼門で、「音羽山」の扁額を掲げる。本堂とともに文化十四年(1817)に再建されたもので、江戸建築の粋を集めた名建築である。
 この寺の見所に、本堂外陣の絵馬がある。海に近いので大漁祈願のものが多いが、『平家物語』で知られる源三位頼政の「鵺退治」を描いた絵馬も掲げられている。

平幡良雄氏蔵

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