第二十八番滑河山龍正院(滑河観音)
千葉県香取郡下総町滑川1196

宗派=天台宗
札所本尊=十一面観音
開山=慈覚大師
開創年代=承和五年(838)


 承和五年(838)のこと、当地は冷夏にみまわれた。時の領主小田宰相将治は、慈覚大師を導師として、天候回復の法会をおこなった。その結願の日に、朝日の前と名乗る少女が現れ、「我、今汝が志願を助けん」といって、小田川の淵に案内した。川には老僧が舟を浮かべており、竜宮で鋳造された一寸二分の閻浮檀金の観音像を、川から掬いあげて将治に与え、「この淵より涌き出づる甘露の乳水を嘗めよ」と告げて、姿を消した。将治が老僧の教えに従ったところ、天候は回復し、作物が実るようになったと伝えられる。将治は、尊像を安置する伽藍を建立。後に定朝が、一丈二尺の観音像を作り、閻浮檀金の尊像を胎内に納めた。
 この縁起にもとづいて、「嘗河」が「滑河」の由来とされる。なお、観音出現の霊地は、龍正院から300メートルほどのところで、観音応現碑が建てられている。
 建保四年(1216)の暴風雨のため、本堂、護摩堂、三重塔、鐘楼などを失っている。現在の観音堂は、元禄九年(1696)徳川綱吉が大檀那となって、名主の根本太右衛門ら信徒一同によって再建された。
 境内入り口にある仁王門は、室町時代中期の再建であり、国指定の重要文化財である。安置されている仁王尊は、享保年間(1716〜36)に門前で火災があった時、本堂の屋根から大きな扇で炎を扇ぎ返し、本堂から下の集落は焼失をまぬがれたといわれる。それ以来、火伏せの仁王尊として篤く信仰され、下の集落の人々によって、龍をかたどった大きなしめ縄が、毎年正月八日に奉納されている。

平幡良雄氏蔵

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