第二十七番飯沼山円福寺(飯沼観音・銚子観音)
千葉県銚子市馬場町293

宗派=真言宗
札所本尊=十一面観音
開山=弘法大師
開創年代=大同年間(806〜810)


 飯沼観音は、坂東太郎こと利根川の河口、関東一の漁港としてにぎわう銚子の中心に位置しており、この町は観音の門前町として発展してきた。
 仁王門を入った境内には、戦後に再建された本堂のほか、正徳四年(1714)に鋳造された丈六の大仏などがある。かつては広大な境内を有していたが、現在では分断され、観音堂と本坊は、200メートルほど離れている。
 『飯沼山観世音縁起絵巻』などによると、神亀五年(728)の春、銚子の浦が荒れて漁ができなくなり、五月には皷が淵の沖の海上が光り輝いた。ある夜、漁師の清六が、「輝いているところで牛堀の漁師長蔵とともに漁をせよ」との霊夢を見た。翌朝、沖に出ると、同じ霊夢を見た長蔵が対岸から来たので、二人で網をおろしたところ、左の脇に瑪瑙をはさんだ十一面観音が出現した。二人は出家して草庵を結び、尊像を安置。加持して諸人の病を癒したので、瘧除(ぎゃくよ)け法師と呼ばれたと伝えられる。
 天平年間(729〜749)になり、行基菩薩がこの奇瑞を耳にして、厨子を作って奉納した。しかし尊像のほうが少し大きくて入らなかったので、行基が祈願すると、尊像は首をたれて、みずから厨子に入ったという。
 後に、弘法大師が東国を巡錫した大同年間(806〜810)、この尊像を拝したが、海中出現のままの姿だったので、台座や光背を作り、開眼供養をおこなった。そして、下総国の守護千葉氏の系統を引く海上長者が、尊像と大師に帰依して、壮大な伽藍を建立したとされる。

平幡良雄氏蔵

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