第二十一番八溝山日輪寺(八溝山観音)
茨城県久慈郡大子町大字上野宮字真名板倉

宗派=天台宗
札所本尊=十一面観音
開山=弘法大師
開創年代=大同年間(806〜810)


 坂東札所最大の難所といわれた八溝山は、栃木・茨木・福島の三県にまたがり、その主峰、標高1022メートルの八合目に札所がある。太平洋や富士山も望むことができ、山頂には日本武尊が創建したという八溝嶺神社が建っている。近年に自動車道が開通するまでは、参拝に一日を要したとされ、「八溝知らずの偽坂東」といわれて、山麓からの遥拝のみとする者がいたほどの難所だった。
 八溝の地名には、いくつかの説がある。日本名水百選の一つ金性水の湧く八溝湧水群が古くから知られており、八つの細流から生じたというもの。あるいは、日本武尊が奥知れない原生林を前にして、「この先は闇ぞ」と語ったからともいわれる。
 弘法大師が湯殿山から鹿島潟に向かおうとしていた時、谷川を渡っていると香気がただよい、水をすくうと手のなかに梵字が浮かんだ。この水上に霊地があると思い、里人に尋ねてみたが、山中には大猛丸という鬼神が棲んでいて、人に害をおよぼすという。鬼神を降伏するため大師が山に入ると、雲が山を覆い、風雨が激しくなった。そこで大師が虚空に向かって般若の魔字品を書いたところ、たちまち雲は晴れ、風雨は鎮まって、鬼神は退散した。
 こうして大師は頂上に至り、山の形を見ると、八葉蓮華のように峰から八つの谷が分かれ、水が八方に流れていたので、八溝山と名付けた。さらに、大己貴と事代主の二神が現れ、「この嶺は十一面観世音利生方便の浄土なり」と告げたため、二神になぞらえて十一面観音の尊像を二体作り、日輪寺と月輪寺を創建したという。

平幡良雄氏蔵

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