第十九番天開山大谷寺(大谷観音)
栃木県宇都宮市大谷町1198

宗派=天台宗
札所本尊=千手観音
開山=弘法大師
開創年代=弘仁元年(810)


 本尊千手観音は、大谷石を刻んだ磨崖仏である。寺伝では、弘法大師によるものという。一説によると、この地には岩場に毒蛇が棲んでいて、そのため里人から地獄谷と呼ばれていた。ある時、出羽湯殿山の三人の行者が訪れ、毒蛇降伏の秘法を修し、岩肌に観音を彫刻してからは、その害がなくなったともいわれている。
 大谷寺の近辺は、大谷寺岩陰遺跡と呼ばれ、約七千年前の人骨や土器が発見されている。大谷の信仰は、岩山そのものを崇める自然崇拝から始まったと思われる。
 江戸時代になると、徳川家康の娘亀姫が篤く信仰し、元和年間(1615〜24)に天海大僧正によって中興された。以後、天台宗に属して、輪王寺の末寺としての寺格を誇っていた。宝永年間(1704〜11)には、松平輝貞や奥平昌成らによって、堂宇が整備されている。
 大谷石の巨岩がのしかからんばかりにそびえ、その下部に口を開けた岩屋に、観音堂が建っている。観音堂内部、正面の岩に刻まれているのが、像高389センチの巨大な本尊千手観音である。石心塑像といい、浮き彫りにした岩に朱を塗って、塑土で細部を補って仕上げ、さらに金箔を押し付けて完成させる。現在では、塑土や金箔は落ちてしまい、岩肌のみの姿となっている。
 観音堂に続く脇堂にも磨崖仏が並び、釈迦三尊像、薬師三尊像、阿弥陀三尊像の九体がある。本尊千手観音を含めて、これら十体を総称して大谷磨崖仏と呼び、平安時代後期から鎌倉時代の石仏として、国の重要文化財と特別史跡に指定されている。

平幡良雄氏蔵

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