第十七番出流山満願寺(出流山観音)
栃木県栃木市出流町288

宗派=真言宗智山派
札所本尊=千手観音
開山=勝道上人
開創年代=天平神護元年(765)


 坂東札所のなかで、山の険しさでは出流山が第一である。昼なお暗い深山幽谷のなかに三つの霊窟を拝し、千二百年前そのままの姿で参詣することができる。
 開山の勝道上人は、下野国芳賀の出身である。国司の若田氏高藤介と妻の明寿の間には子供がなかったので、明寿は岩窟の十一面観音に祈願。こうして誕生したのが勝道とされ、子授けの観音として信仰されている。上人はこの観音に帰依して、三年間岩窟に参籠。その後、男体山に登拝して、日光山を開いた。
 弘仁十一年(820)に、弘法大師が勝道の事跡をしのんで来山し、険しい山道を登っての参詣は困難なため、新たに千手観音を刻んで安置したのが、現在の本尊という。
 享保二十年(1735)に再建された仁王門を入り、出流川をさかのぼると本坊に至る。ここからさらに100メートルほど登ったところに観音堂がある。明和元年(1764)に道杲によって再建された壮大な観音堂は大御堂と呼ばれ、筑波山、興福寺とともに、日本三御堂の一つとされている。
 出流山の信仰の中心となっている奥の院の岩窟群までは、観音堂右手から渓流沿いに山道を行き、如蓮地蔵堂、聖天堂、女人堂などを巡る。高さ6メートルの大悲の滝は、かつて二十一日間この滝に打たれなくては、修験者の日光山への入峰は許されなかったという。
 山中には七つの岩窟(鍾乳洞)があって、そのうち観音、大日、大師の霊窟を巡ることができる。奥の院観音霊窟は懸崖造の建築で、なかに高さ3メートルの鍾乳石があり、十一面観音の後ろ姿として崇められている。

平幡良雄氏蔵

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