第十六番五徳山水沢寺(水沢観音)
群馬県北群馬郡伊香保町水沢214

宗派=天台宗
札所本尊=千手観音
開山=慧灌僧正
開創年代=推古天皇の御代(592〜629)


 群馬県を代表する名湯の一つ伊香保温泉は、垂仁天皇の御代に開湯したと伝えられ、二千年の歴史を誇る。その伊香保温泉から程近いところ、山懐に抱かれた水沢観音の諸堂が鎮まっている。
 石段を上って仁王門をくぐり、さらに上ると本堂を中心として、飯綱権現社や弘法大師堂、六角二重塔などが並ぶ境内となる。水沢というだけあって、境内には多くの泉が湧き出ている。
 境内で目をひくのが、県指定文化財の六角二重塔である。内陣が回転するようになっており、三回まわして祈願するという。各面には等身大の地蔵菩薩を祀り、楼上には大日如来が安置されている。六道輪廻をあらわしており、元禄年間(1688〜1704)に建立された。
 推古天皇の御代(592〜629)、高辺左大将家成は上野国に左遷され、勢多郡深須郷に蟄居した。家成には一男三女があり、嫡男の家定は中納言として上京。家成の妻は深須の地にて病死したため、更科大夫宗行の娘を後妻に迎えた。家成も許されて都に上った後、残された後妻は、先妻の子供を妬んで、親族の更科次郎兼光とともに赤城山麓で牧狩りを計画し、その折に三人を吾妻川に沈めて殺そうとした。姉二人を殺した後、残る伊香保姫も川に沈めようとした時、赤城山から黒雲が起こり、風雨激しく雷鳴が轟いたので、兼光らは驚き逃げ帰った。伊香保の郷に隠れ住んだ姫は、都に事の次第を報告、父はすでに没していたので兄の家定が下向して、兼光たちを成敗した。後に姫は中将高光に嫁ぎ、慧灌僧正に請うて念持仏を祀ったという。

平幡良雄氏蔵

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