第七番金目山光明寺(金目観音)
神奈川県平塚市南金目896

宗派=天台宗
札所本尊=聖観音
開山=道儀上人
開創年代=大宝二年(702)


 大宝二年(702)のこと、貧しいが信心深い海女が、相模湾に金目川が入る小磯の浜で、汐を汲んでいた。ところが、何度汲んでも、一つの桶には汐は入らず、小さな木切れだけがあった。海女にはそれが何なのかわからなかったが、尊いものだと感じて、家に持ち帰って礼拝していた。
 それを見た行脚の僧が「聖徳太子作の聖観音だ」と告げたので、さらに篤く信仰したという。海女が没した後、里人たちが道儀上人に願い、海女の家を道場として尊像を安置した。この海女は現在、光明寺の鎮守として祀られ、潮司大権現と号している。
 天平年間(729〜749)になって、行基菩薩がこの尊像を拝し、新たに五尺あまりの立像を作って、海女が感得した像をその胎内に籠めたと伝えられる。以来、「腹籠りの観音」と呼ばれ、北条政子は実朝出産の折に安産祈願しており、現在も安産に利益があるとされている。
 金目川に面して仁王門があり、境内には本堂のほか阿弥陀堂などが建つだけの、こじんまりとした寺である。本堂は明応七年(1498)十月二十七日の棟札が残っており、平塚市内最古の建築物となる。本尊を安置する禅宗様の厨子も同じ時代のもので、国指定の重要文化財である。
 本尊聖観音は像高168センチで、平安時代末期の作。前立本尊は68センチの小像だが、本堂と同じ明応七年の銘がある。ともに平塚市の文化財に指定されている。また、正平七年(1352)清原国吉作の梵鐘は神奈川県指定文化財であり、その他に源頼朝や足利尊氏に関する古文書などの寺宝がある。

平幡良雄氏蔵

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