第六番飯上山長谷寺(飯山観音)
神奈川県厚木市飯山5605

宗派=高野山真言宗
札所本尊=十一面観音
開基=飯山権太夫
開創年代=弘仁年間(810〜824)


 大山丹沢の山麓に、境内が鎮まっている。新神奈川八景にも選定されており、門前には飯山鉱泉の宿がある。
 桜並木の続く石段を登れば古びた山門があり、さらに登ると本堂に至る。当地には飯山の七不思議が伝わっていて、その一つ「観音堂の亀甲松」が本堂の前にあったが、近年枯れてしまった。
 背後の山は白山と呼ばれており、江戸時代まで白山修験の行場だった。山頂には飯山七不思議の一つ「白山頂の白山池」があって、多くのハイカーでにぎわっている。
 昔、この地に飯山権太夫という信心深い武士がいた。ある日、旅の僧が、行基菩薩の作にして、大和長谷寺の本尊と同木という観音像を権太夫に授けた。さっそく観音堂を建立して落慶供養を営んだが、旅の僧は姿を消してしまう。残っていた笈のなかには五鈷杵のみがあったので、弘法大師に違いないと悟ったという。
 また一説には、神亀二年(725)のこと、当地には五色に変化する泉があった。行基菩薩が祈願すると、この泉から十一面観音の金像が現れ、行基の鉄鉢のなかに飛び移った。近くの楠で尊像を刻み、金像を胎内に納めて、堂宇を建立したと伝えられる。
 また、当寺の鐘は、第二十五番筑波山、第二十九番千葉寺とともに、坂東札所三霊鐘の一つとされ、権化が鋳造したという。しかし、ある日のこと、雷鳴とともに行方がわからなくなってしまった。後に、当寺の住僧が夢告によって境内を掘ったところ、鐘が出現した。以来、「飯山の隠れ鐘」と呼ばれ、厚木市の文化財に指定されている。

平幡良雄氏蔵

(C) 2001 International Research Center for Japanese Studies, Kyoto, Japan. All rights reserved