当該画面は、時間的空間的な異なりがある二つの画面を、同時に描く手法をとるものである。
 画面を構成するのは、経机に右肘を突く男性と、机の手前、左手で頬杖を突く女性、そして画面上部に小さく描かれた僧形の男性である。
 紋付き袴姿で、腰に脇指を差す画面右方の武家の男性は、霊験譚の表題に掲げられる郷士の高崎氏である。画面左方手前の武家の女性は、高崎氏の妻女であろう。彼らは折本を前に、頬杖を突いてうたた寝をしている。霊験譚中には折本の内容に関する記載は見られないが、それらが『観音経』であると考えることは、霊験譚本文から可能である。
 高崎氏は、椿を差した花瓶と香炉を載せた経机の前に座る。同様に机の上に置かれた折本の一端が、扁額部へ梯子を掛けるように伸びている。その上に立つ頭巾を被った人物は、杖を突き、脚絆を着けた旅僧の姿で描かれている。霊験譚の記述によれば、彼は行基であると推測することができる。後ろ姿で表現されているのは、名前も告げずに去っていく霊験譚中の場面を意識しているからであろう。しかし、その装束からは役行者を連想させられる。
 この画面は、高崎氏夫婦が経典を読誦しつつもうたた寝をする画面下部の場面と、行基が自ら彫った尊像を高崎氏に譲って当地を立ち去る場面、あるいは役行者が霊場である白岩をめぐる場面と想像される画面上部に描かれた場面の、二つの部分から構成されるものである。
廣重美術館蔵

(C) 2001 International Research Center for Japanese Studies, Kyoto, Japan. All rights reserved