当該画面は、霊験譚に則さず、その内容を象徴的に絵画化したものである。画面に登場する人物は三者。画面右方、編笠を首から掛け、両手で杖を突いて後ろ姿を見せる僧形の男性と、茣蓙(ござ)の上に坐す画面中央の女性、そして彼女の背に負われる童子である。
 霊験譚の記述によれば、旅装の僧は天平年間にこの地を訪れた行基である。糸車を前に右膝を立て、胸元をはだけた女性と行基は向かい合って描かれる。問い掛けに応ずるような形で女性は、画面左上方の山地を指差している。その森が、霊験譚の表題に掲げられる見不知森(みしらずのもり)であると推測することができる。
 後れ毛の見える鬢(びん)に櫛を挿す女性は、糸を紡ぎ整経(せいけい)している最中であろう。襷掛け(たすきがけ)をしているために、彼女の両腕ともに肘から先の肌が露わになっている。彼女の左手は背に負った童子の左の手の甲を握っており、その童子の視線は行基へと注がれている。
 当該画面からは、旅の途中にある行基が糸車を回していた地元の女性に道を尋ねる場面を想像させられるが、霊験譚中には女性と子供に関する記述はなく、行基が彼女らに遭遇する場面も見られない。また、画面左上端の木立の中から七条の光線が放射されているが、この点に関しても霊験譚の記述はない。言うなれば、行基が見不知森に入った際に『法華経』を読誦する声が聞こえたという霊験を絵画化したものだと考えることができよう。
法楽寺蔵

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