画面中央を占める男性が、霊験譚の表題に掲げられる朝比奈義秀である。石帯(せきたい)に付く三つ引紋は、朝比奈家の家紋である。彼は、左手に飾り房の付いた太刀を持ち、右手で二本角の鬼に似た異形のものを掴み、左足で天狗に似た鳥類型の異形のものの頭部を踏み付ける姿で描かれる。
 義秀の懐から黄と赤の三本の線が引かれているが、霊験譚の記述によれば、これは彼が常に懐中する千手陀羅尼から放射された光線であることが判る。光線の間隔は均等ではなく、彼の表情を隠さないように調節されている。同様の表現は秩父第十二番にも見られ、この場合にも山賊の表情を妨げないように、光線の幅・間隔は一定ではない。観音の霊験によって光明が放射される図案は、他に西国第十九番、西国第三十一番にも見られるものである。
 彼に踏み付けられる異形のものは、背に翼を備え、鳥の喙(くちばし)を持つことから、鳥類型の天狗、すなわち小天狗だと考えられる。これに対して、高い鼻と羽団扇を持って自由に飛行する、山伏のような服装をした天狗は、大天狗と分類される。また彼に掴まれ振り上げられる異形のものは、山を住処とする山人系の鬼であると考えられ、手足ともに指が四本である。鬼の左足は扁額部にかかっており、鬼が扁額よりも手前に描かれていることを示している。天狗も鬼も山に棲む妖怪であり、霊験譚中に表れる「山鬼」を表現したものである。
 当該画面は、山鬼に囲まれた義秀が、観音の霊験によって難を逃れた場面を絵画化したものである。
神奈川県立歴史博物館蔵

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