金剛力士(こんがうりきし)
 当山(たうざん)の霊験(れいげん)多(おほ)きなかに田村丸(たむらまる)の悪龍(あくりやう)を退治(たいぢ)せしことふしぎなり後年(かうねん)堂舎(だうしや)零落(れいらく)に及(およ)びしかバ二位(にゐ)の禅尼(ぜんに)頼朝公(よりともこう)の志(こころざし)を嗣(つい)て天下安全(てんかあんぜん)の御祈願(ごきぐわん)のため正冶(せうじ)二年堂坊(だうばう)御再建(ごさいこん)ありて舊観(きうくわん)に復(ふく)せり又(また)当国(たうごく)高麗(こま)郡(ごほり)中山(なかやま)といふ村(むら)にて毎年(まいねん)天満宮(てんまんぐう)の神事(しんじ)に角力(すまふ)を催ふしけるに中山(なかやま)の者(もの)一人として勝(かち)たることなけれバ累年(るいねん)の恥辱(ちぢよく)を雪(そそ)がしめ給へと当寺(たうじ)の観音(くわんおん)を祈(いの)りけれバ門前(もんぜん)の二王(にわう)変身(へんしん)して中山(なかやま)におもむき中山の者(もの)にまぎれて昼夜(ちうや)勝(かち)を取(とり)たるゆへその翌日(よくじつ)より貴賎(きせん)群衆(くんじゆ)して参詣(さんけい)に来(きた)りしことハ天正(てんせう)十九年二月下旬(げじゆん)の事(こと)なりといふ

埼玉県立博物館蔵

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