飯泉長者(いゝづミのちやうじや)
 当山(たうざん)の本尊(ほんぞん)ハ赤栴檀(しやくせんだん)をもて毘首羯广(びしゆかつま)の作(さく)なり当所(しよ)の願主(ぐわんしゆ)ハ弓削(ゆげ)の道鏡(だうきやう)とぞいふ昔(むかし)は今(いま)の地(ち)より半里(はんり)余(よ)西(にし)千代村(ちよむら)といふ所(ところ)にありしが天長(てんちやう)七年庚戌(かのへいぬ)の夏(なつ)仏勅(ぶつちよく)によつて此地(このち)に転(てん)じ給ふ此時(このとき)諸人(しよにん)造営(ぞうゑい)のため金銀(きん/\)を抛(なげう)つを見(ミ)て一人(ひとり)の貧夫(ひんふ)嘆息(たんそく)して我(われ)朝夕(あさゆふ)の烟(けむり)さへむづかしけれバ施物(せもつ)なしとハといへ助力(ぢよりき)せざるハ心障(こゝろざハり)と痩馬(やせむま)を三貫文(さんぐわんもん)に売(うつ)て奉加(ほうが)せし処(ところ)翌朝(よくあさ)槽櫪(むまぶね)の中に其(その)銭(ぜに)ありバ驚(おどろ)きて奉加所(ほうがじよ)へ行(ゆき)て見(ミ)れバ奉納(ほうのう)の銭(ぜに)ハ扠(さて)ハ大士(だいし)我(わが)貧苦(ひんく)を憐(あハれ)ミ給ふかと信(しん)をいやまして其(その)銭にてその馬(むま)を買戻(かひもど)してより財宝(ざいほう)泉(いづミ)の涌(わく)が如(ごと)くに富栄(ふミさか)へ終(つひ)に国中(くにぢう)一(いち)の長者(ちやうじや)となれバミな人(ひと)三貫(さんくわん)長者(ちやうじや)ともよびしことぞ御詠哥(ごえいか)ハこの長者(ちやうじや)の因縁(いんえん)なれバ心(こゝろ)をつけて見(ミ)るべし

廣重美術館蔵館

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