承和五年(838)の夏、季候が真冬のようになり、死傷する人や馬がおびただしかった。領主の小田宰相将治は金や穀物を投じたが、皆を救うことが難しかった。三宝に祈願したところ、朝日の前という美女が来て「この小田川の淵から湧き出る甘露を呑ませれば利益がある」と教えた。教えのとおりにその甘露を汲んだところ、その中から一寸二分の閻浮檀金の仏を得て、飢え渇きから救い、この仏を祀る寺院の開基となったということである。

白木利幸氏蔵

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