行基菩薩は、当山の南面に水をたたえる滝壷に臨み、水想観を行っていたところ、忽然と観音の御姿が現れて沐浴し、「衆生内外清浄」の文が浮かび現れた。そこで行基は、その御姿を自ら写して刻み滝口に安置された。その後、花山法皇が順礼の折、険しい山では広く結縁する事ができないと、麓へ御堂をお移しになったということである。

白木利幸氏蔵

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