当山は天地開闢の昔から、天神地祇の霊地である。開基は徳一上人であり、観音像は弘法大師の作である。大昔に、当山の龍神が六観音を刻んだ鐘を持って来て、六所明神へ献上した。これを撞く時は、山の麓まで海水が逆流するので「汐呼鐘」と呼んで人々は溺れ死ぬのを恐れた。当山の神はこの鐘を封じ、また龍神を弁天として祀ってからは山の麓は平穏となった。

白木利幸氏蔵

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