当寺の本尊は毘沙門天が刻んだものであり、開基は狩人の粒浦氏で、その発心の功による。元久二年(1205)三月、宇都宮掃部介時朝が佐白の伽藍を破壊して、軍営を構えようとした。それを僧侶たちが防戦し、刃に倒れて死んだ者たちが祟りをなした。 その後、時朝は笠間長門守と名のり、この城内に堂塔を建立してからは、亡魂の祟りはおさまったという。

白木利幸氏蔵

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